大工の仕事

日本の建築は、大工の存在なしには語れません。

大工の名称は、建築技術者の組織の長官を指す官職名「大工」から来ています。副官は「小工」、実際に仕事にあたる人は「番匠(ばんじょう)」と呼ばれていました。また、宮中で建築や修理に携わるため組織された「木工寮」のなかで、木に関わる職を「右官」、土に関わる職を「左官」と呼んだとも言われています。

鎌倉幕府が成立すると、全国各地で寺院建築が活発化し、多くの職人集団が生まれました。頂点に立つ大工は、その下に5人、6人の「引頭(いんどう)」を従え、引頭は5、6人の「長」を従え、長は5、6人の「連」を従えて仕事に当たる、というタテ社会です。

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江戸時代に入ると、このような複雑な呼び名はなくなり、建築に携わる職人を総称して「大工」と呼ぶようになりました。この大工集団のトップが「棟梁」です。

ひと口に「大工」と言っても、実はいくつもの専門分野に分かれています。一般的な木造住宅をつくる人は「家屋大工(家大工)」、寺社仏閣は「宮大工」、茶室なら「数寄屋大工」、和船や屋形船などをつくる「船大工」、障子や襖をつくる「建具大工」、他にも「彫り物大工」や「家具大工」など。これだけ微細に専門分野を分けているからこそ、プロ意識の高い、いい仕事ができるのです。

日本の伝統的な木造住宅は、家の芯となる柱を立て、梁や桁で組み立てていく軸組工法が基本でした。釘や金具は使わず、部材を成功に切り込んでつなぐ「継手(つぎて)」や「仕口(しぐち)」という木組み法は、芸術の域にまで達した技であり、卓越した先人の知恵そのものです。そこには、湿気の多い日本ならではの木の膨張収縮への配慮や、地震の揺れを分散し倒壊を防ぐなどの知恵が息づいてます。

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残念ながら現在は、建築のコストダウンや合理化、効率化の波に押され、大工の技の継承や、後継者の減少といった問題に直面しています。伝統の木造建築は日本文化そのものです。

永代ハウスは建築に携わる者の使命として、大工仕事を大切にしています。

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